Read
less than a minute
October 5, 2026
less than a minute
大統領が議会の決めた予算の支出を議会の承認なく拒めるのか ~ポケット・リシジョンをめぐる攻防~
中間選挙前の上院における実質的な最終審議日となった9月30日、電気料金負担者保護法(Ratepayer Protection Act)について、法案の審議開始動議に対するクローチャー採決が行われました。しかし、賛成57、反対43で、可決に必要な60票に届かず、法案の審議開始には至りませんでした。同法案は、下院で賛成417、反対3という圧倒的賛成多数で可決されたのに対し、上院では僅か4人の民主党議員が賛成票を投じただけでした。反対した民主党議員からは、同法案は州に一定の基準の採用を義務づけるものではなく、規制当局に検討を促すにとどまるため、実効性に欠けるとの批判が出ています。
ただ、この日の上院で、ぜひ注目していただきたいのは、現政権の予算の支出に関する問題を複数の民主党上院議員が指摘した点です。彼らは、トランプ政権によるいわゆる「ポケット・リシジョン」(Pocket rescission)を、違法で憲法に反すると批判しました。ポケット・リシジョンは、一般にはあまり知られていませんが、米国の歳出制度を理解するうえで重要です。そこで今回は、これがどのようなものなのか、そして議会の「歳出権」とどのような関係にあるのかを解説します。
ポケット・リシジョンを簡単に説明してしまうと、大統領が議会の正式な歳出削減・取消しを経ずに、事実上、歳出を取消す手法で、適法性については、行政府と政府説明責任局(Government Accountability Office、GAO)の間で見解が対立しています。
ニクソン大統領が、議会で決定された歳出の執行を拒んだこと等をきっかけとして、1974年議会予算・執行留保統制法(Congressional Budget and Impoundment Control Act of 1974)が制定されました。その中に、大統領が、既に議会によって付与された予算権限を取消すべきであると判断した場合、議会に対して法定事項を含む「特別メッセージ」(special message)を送ることが規定されています。議会がそれを受けて45日間の継続会期中に「歳出取消法案」(Rescission bill)を可決した場合には、正式に取消すことが可能ですが、期間内に歳出取消法が成立しなければ、予算額を義務負担に充てることができる状態にしておかなければならないと規定されています。
では、大統領が、その会計年度の最終日である9月30日が迫っている時期、つまり予算歳出会計年度終了までに45日も残されていない時期に、特別メッセージを議会に送付した場合はどうなるのでしょうか。同法の規定が明確でないため、45日間の議会審査期間が満了する前に資金そのものが失効すれば、事実上、議会が歳出取消法を成立させないまま支出を阻止することが可能という解釈もできます。この手法は一般にポケット・リシジョンと呼ばれています。
行政管理予算局(Office of Management and Budget、OMB)は、執行留保統制法が特別メッセージを会計年度の遅い時期に送ることを禁じておらず、対象資金を45日間留保する権限を認めているため、資金の利用可能期間が先に満了する場合でも、満了まで留保することができると解釈しています。これに対し、政府説明責任(GAO)は、9月29日、この解釈を否定する判断を公表しています。
2026会計年度の最終日である9月30日が迫る9月25日、トランプ政権は、11の歳出項目、合計8億1000万ドルについて、歳出取消を提案する特別メッセージを議会に提出しました。既に下院が中間選挙前の実質的休会に入った後であり、会計年度末のわずか5日前でした。その時期からみて、対象資金を9月30日まで留保し、利用可能期間の満了によって失効させるポケット・リシジョンを意図したものとみられました。実際、ホワイトハウス自身もこの措置を「pocket rescission」と表現しています。
トランプ政権が会計年度末が迫る時期に特別メッセージを送付したのは、今回が初めてではありません。昨年8月末にも約49億ドルの歳出取消の特別メッセージを送付しました。45日間の議会審査期間が満了する前に2025会計年度が終了し、いわゆるポケット・リシジョンと呼ばれる状態になりました。
ただ、トランプ政権が、常にポケット・リシジョンに依拠してきたわけではありません。2018年5月、トランプ大統領は、1974年議会予算・執行留保統制法に基づき、合計約154億ドルの歳出取消しを提案する特別メッセージを議会に送りました。これに基づく「失効済みおよび不要なプログラムに対する歳出削減法」(Spending Cuts to Expired and Unnecessary Programs Act)案は、下院では可決したものの、上院では委員会から上院本会議へ送るための動議が、賛成48、反対50で否決され、可決には至りませんでした。また、2025年6月、トランプ政権は同法に基づき、歳出取消の特別メッセージを議会に送りました。これを受けて「2025年歳出取消法」(Rescissions Act of 2025)が審議され、一部修正のうえ、上院では賛成51、反対48、下院では賛成216、反対213で可決され、成立しました。
中間選挙前の上院における実質的な最終審議日となった9月30日の上院本会議で、オレゴン州選出のジェフ・マークリー上院議員が、トランプ大統領のポケット・リシジョンを、「項目別拒否権」(Line item veto)の行使に当たるものとして批判し、項目別拒否権の行使は、最高裁判所で違憲と判断されていると指摘しました。マークリー上院議員がここで指摘した最高裁判所の判例は、Clinton v. City of New York, 524 U.S. 417(1998)です。1996年に「項目別拒否権法」(Line item Veto Act of 1996)という大統領が法律の一定の歳出項目などを取消す権限を認める法律が成立しました。同法に基づいてクリントン大統領は実際に複数の項目を取り消しましたが、最高裁判所は、大統領が議会で可決された法律の一部の項目を削除することは、実質的に法律の一部を一方的に改正または廃止することになり、憲法1条7節のPresentment Clauseが定める立法手続に反するため違憲であると判断しました。
もっとも、Clinton判決は、ポケット・リシジョンを直接判断したものではありません。ただ、マークリー上院議員が指摘するように、同判決の論理をポケット・リシジョンにも及ぼすべきだとの議論は成り立ち得ます。現時点で、最高裁判所はポケット・リシジョンの合法性や合憲性を直接判断していません。
今回の問題は、連邦政府内部の予算手続だけの話ではありません。補助金、助成金、政府調達、インフラ支援などを前提として米国事業を計画する企業にとっては、歳出法に資金が盛り込まれたことだけで、実際の支出が保証されるとは限らないからです。現政権では、歳出法に歳出条項があったとしても、行政府によって歳出がなされない可能性があるということを念頭に置く必要がありそうです。

